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ちるちる・みちる
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内容紹介
1920(大正9)年、洛陽堂より刊行。多くの童話を書いた暮鳥の、最初の童話集である。
信仰に生き、病と貧困に苦しんだ暮鳥が、逆境の中で切りひらいた新しい童話文学のはじまりと言えよう。「自序」によれば、暮鳥がその愛娘・玲子に、寝床で語り聞かせたお伽噺がもとになっているという。
キリスト教精神にみちた、美しくも悲しい物語、大人も考えさせられる寓話を集めた、珠玉の童話集。
著者情報
山村暮鳥 (やまむら・ぼちょう)
詩人。本名、土田(旧姓志村、のちに小暮)八九十。明治17年1月10日~大正13年12月8日。群馬県西群馬郡棟高村に生まれる。明治35年、キリスト教の洗礼を受け、明治41年から大正8年まで伝道師として各地を転任。明治37年より短歌を発表しはじめ、明治40年より詩作に転進した。大正4年、詩集「聖三稜玻璃」を刊行。そのあまりに前衛的、実験的な作風は世間の悪評を浴びたが、萩原朔太郎や室生犀星らの絶賛を得た。大正5年頃からドストエフスキーに傾倒。大正7年に発表した「風は草木にささやいた」では、作風を大きく変化させ、平明で人道主義的な詩に転じた。晩年には、キリスト教徒ゆえの迫害や貧困に苦しむが、最後の詩集「雲」(大正14)においては、東洋的な枯淡の世界が展開されている。大正13年12月8日、結核により死去。享年40歳。
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