近代日本における解放思想② 1967年3月23日 紀伊國屋ホールにて収録 再生時間:2時間4分46秒 無料再生時間: 提供:岩波書店 |
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内容紹介
明治から大正にかけての日本は、国体論といかに向き合うのか、個をいかに確立するのか、という二つの大きな課題を背負っていた。そして日本の近代は、これらの課題と、運動の中で実践的に対決を迫れることになる。社会主義、アナーキズム、社会進化論、キリスト教、労働運動など、当時の社会思想を縦横に論じながら、日本の解放思想が抱えてしまった問題点に迫っていく。講演者紹介
隅谷三喜男
1916年生まれ。経済学者。東京帝国大学経済学部卒業後、満洲の昭和製鋼所で働いたことをきっかけに労働経済学を志す。1946年に帰国し東京大学教授、東京女子大学長などを歴任。戦後の労働経済学、社会政策学を牽引する存在となる。成田空港建設をめぐって紛争が激化した際には「隅谷調査団」を設立し解決に努めるなど、社会問題への積極的な関与でも知られた。2003年没。著作に『隅谷三喜男著作集』全九巻など。注釈
戊申詔書(ぼしんしょうしょ)
日露戦争後、国民に勤倹節約と国体尊重を徹底する目的で1908年(戊申の年)10月13日に発布された詔書。天皇制国家観の普及を計る目的とされ、戦争での勝利に酔う風潮を戒めるとともに、醇風美俗の固守、耐乏生活の強要などを国民の規範として説いた。『国体論及び純正社会主義』(こくたいろんおよびじゅんせいしゃかいしゅぎ)
1906年に刊行された北輝次郎(北一輝)の大著。明治憲法体制下における天皇制を激しく批判したため、これを危険思想と見なした内務省によって発禁処分とされた。木下尚江(きのした なおえ)
明治・大正期の社会運動家。普通選挙運動や足尾銅山鉱毒事件などで活躍。日露戦争に際して小説「火の柱」などで非戦論を展開。社会主義運動に関わりをもち、キリスト教にも入信。加藤弘之(かとう ひろゆき)
政治学者。明治維新後には外務大丞等、帝国大学総長などを歴任。社会進化論に大きく影響を受けた1882年の『人権新説』で民権思想家との論争が生じる。賀川豊彦(かがわ とよひこ)
大正・昭和期のキリスト教社会運動家。日本農民組合を創設するなど社会事業家として世界的にも知られている。日本鉄道機関士による大ストライキ(にほんてつどうきかんしによるだいきぼすとらいき)
1898年2月24日に日本鉄道で発生した日本で初となる鉄道ストライキ。賃金増額と待遇改善という要求が掲げられ、労働者側の勝利で終わった。日鉄機関方ストライキと呼ばれる。シリーズ一覧
・近代日本における解放思想①・近代日本における解放思想②