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『金閣炎上』のこと
1980年4月25日 スタジオ200
再生時間:56分56秒
無料再生時間:
提供:新潮社
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内容紹介
京都の伝統文化、社会制度の蔭には、在所から都に奉公にあがる人々の辛苦がある。そういう京都の風土に深く踏み込んだ文学はあっただろうか。幼い頃、寺に修行に出、やがて文学の道に入った著者が、世俗にまみれた仏教と社会の底辺に生きる人々との交わりは何かという視点から、金閣寺の放火事件の意味を考える。
内容項目
京都の魅力と闇/近松が『大経師昔話』に込めたもの/母が亡くなった時のこと/日本は今、餓鬼の時代/相国寺の宗教政治/龍安寺の石庭を本当に作った人/金閣寺事件の犯人・林養賢との縁/真の宗教家の姿とは
講演者紹介
水上勉
1919(大正8)年、福井県生れ。9歳で臨済宗相国寺瑞春院の侍者となる。戦後、宇野浩二に師事し、1961(昭和36)年に『雁の寺』で直木賞受賞。『越前竹人形』や『寺泊』(76年川端康成賞)、『良寛』(83年毎日芸術賞)など、独特の抒情を持つ作風で多くの読者を魅了した。2004(平成16)年逝去。
注釈
吉井勇
歌人、脚本家(1886-1960)
白拍子
平安時代末期から鎌倉時代にかけて流行した歌舞
長田幹彦
小説家、作詞家(1887-1964)
釈宗演
臨済宗の僧侶(1860-1919)
僧録司
仏教を統制する役所
蔭涼軒目録
相国寺の塔頭鹿苑寺に設けられた蔭涼軒に住む僧侶の記録した公用日記
志納金
寺を護持するために収めるお金
忍性
律宗の僧侶(1217-1303)
悲田院
仏教の慈悲の教えに基づいて貧しい人々を救うために作った施設
陳公博
南京政府を樹立した政治家(1892-1946)